たくろふのつぶやき

あ、袋いいです。

「バイエル」って誰?

本屋で書棚を眺めてて、ふと面白そうな題名の本があった。
新刊ではないが、なんとなく買って読んでみた。


Byel

「バイエルの謎 日本文化になったピアノ教則本」
安田寛、新潮文庫


めっちゃくちゃ面白かった。


この夏、僕が自信をもってお薦めできる渾身の一冊だ。大学の講義で課題として全学生に有無を言わさず強制で読ませたい。というか、夏休み読書感想文の課題図書、推薦図書の類いに一切選ばれていないのが不思議で仕方がない。僕が新潮社の企画担当なら、この夏の文庫フェアとして「新潮文庫の1冊」に選定したい。

この本を大学生に読ませたいのは、「大学での研究というのは、一体どういうものなのか」を端的に示している本だからだ。
世間一般に、大学での研究というのは、「人知を越えた知能を持つ天才達が、最新の装置やら理論やらを駆使して行なっている、難解で高尚な営み」と思われていることが多い。まったくの間違いとは言わないが、完全に正しくもない。少なくとも、大学に進学しようとしている高校生たちが身につけるべき姿勢は、そういうことではない。

世の中には大学の研究者が書いた本が溢れている。ふだん学問研究に関係ない一般人でも、誰でも読める。その中で、「本物の一流研究者」が書いた本というのは、読めばすぐに分かる。楽しそうなのだ。「自分の研究がどのように世の中の役に立つか」とか、「この研究にどのような価値があるのか」など、他人の評価は一切無視。ただひたすらに、自分が「面白い」と思った謎を追い求めて、その答えを探すことにのみ熱中する。答えにたどり着くまでは絶対に諦めず、必要とあらば世界の果てまで手がかりを追う。最後は執念で押し倒す。

よく、高校までは秀才で通ってきたが、大学に入って以降、勉強というものが分からなくなり、虚脱状態になる学生がいる。その理由は、「『勉強』というものの持つ意味が、高校までの中等教育と、大学から先の高等教育では、まったく違う」ということに対処できないことにある。

高校までの勉強は、他人に訊かれたことに答えられれば「優秀」とされる。自分の勉強能力を評価するのは、他人なのだ。中等教育というものは、高等教育に入るための準備段階という位置づけだから、必然的に既存の知識体系を敷衍することが中心になる。要するに暗記中心だ。「いままでの人類は、ここまでの知を積み重ねてきたんですよ」という、人類の知的遺産をとりあえず知ることが中心となる。

ところが高等教育はそうではない。大学から先の「勉強」というのは、「で、あなたが独自に見つけた真実は何ですか?」ということなのだ。既存の知識を敷衍するのは、大学では「手段」であって「目的」ではない。「自分で新たな真実を発見する」ということに結びつけられなければ、たとえ百科事典全冊分の知識を丸暗記したとしても、すべて無駄だ。

つまり大学から先の勉強というのは、「狩り」なのだ。自分が仕留めたい獲物を、どこまでも追い続ける。そのためには、まず何よりも最初に、自分が追うべき「獲物」を定める必要がある。つまり研究テーマとして取り組む「謎」だ。これがなければ、大学での勉強というものは始まらない。
大学に入ってから勉強に惑う学生というのは、この「謎」を持っていないのだ。既存の知識体系、普段生きている世界を、当たり前のものとして疑っていない。「なぜなんだ?」「どうしてなんだ?」という「謎」、つまり「獲物」がなければ、追い求めるという行為そのものが成り立たない。

そういう学生に「いま何の研究をしているの?」と訊いても、ろくな答えが返ってこない。ひどい学生になると、指導教官に「で、僕はどういう獲物を追えばいんでしょうか?」ということを訊いてくる。知らねぇよとしか答えようがない。何のために大学で勉強するのか、その目的まで人に決めさせるなと言いたい。


閑話休題。この本で追っている「謎」は明白だ。


バイエルって、誰?


非常に分かりやすい。この本の筆者は、この謎を追うために延々と調査を続け、研究に没頭する。「その解明がいったい何の役に立つのか」など一切考えない。研究の世間的な価値など、知ったこっちゃない。必要とあらば書類一枚を見るためにはるばるドイツやアメリカに取材に出かける。その過程からは、筆者が何の邪念もなく「狩り」に没頭し、謎を追い求める知的興奮が伝わってくる。


『バイエル ピアノ教則本』。
ピアノを習ったことのある人なら、誰もが一度は手に取ったことがある楽譜だろう。約160年の長きにわたって、世界中で使われ続けているベストセラーだ。

しかし、この教則本を作った「バイエル」なる人物、わかっていないことが多い。音楽の教科書にも出てこない。音楽室に掛けられるような肖像画もない。音楽辞典を調べても2〜3行しか載っていない。いつ、どこで生まれ、どのような経歴があり、どこで働き、どこで死んだのか、情報が一切明らかにされていない。

この本では、最初のほうに「バイエル ピアノ教則本」にまつわる様々な謎を提唱している。
たとえば、バイエルのピアノ教則本は、106曲から成る。なぜこんな半端な曲数が含まれているのか。なぜ100曲ぴったりではいけなかったのか。

さらに、バイエルは106曲のいわゆる「番号曲」のほかに、曲番号が割り振られていない12曲の「番外曲」が挿入されている。この「番号曲」と「番外曲」のバランスが、非常に悪い。何の脈絡もなく、突然「番外曲」が挟まっている。この正体不明の「番外曲」は、どういう意図で入れられたのか。
106曲の構成も不可解だ。バイエルの1曲め、最初の曲は、いきなり変奏曲で始まっている。しかも連弾だ。なぜ子供に教える最初の曲が、よりによって変奏曲なのか。

著者が一番疑問に思っているのは、「バイエルは、曲として全然おもしろくない」ということだ。子供にピアノを教える最初の教材としては、絶望的に曲がつまらない。「芸術的には無価値な曲ばかり」と断言している。なぜこんなつまらない曲を、バイエルは子供向けの練習用教材として作ったのか。なぜそれが、世界中で広く使われているのか。

さらに筆者は疑問の手を緩めない。最初のはしがきに、バイエルはこう書いている。

 この小品は将来のピアニストができるだけやさしい仕方でピアノ演奏の美しい芸術に近づけることを目的としている。
 子ども、とりわけまだまだ可愛い子どものためのこの本は、小品に許されたページ数の範囲内でどの小さなステップでも上手くなってゆけるように作ったものである。以上のことから、ピアノ演奏で出会うあらゆる困難、例えば装飾音などについてもれなく網羅することはこの小品の目的では有り得ないことを了解してほしい。実際、生徒が一年かせいぜい二年で習得できる教材を定曲するための入門書を作ろうとしたに過ぎない。こうした内容の作品はおそらくこれまでになかったもおのである。この作品は、音楽に理解がある両親が、子どもがまだほんの幼いとき、本格的な先生につける前に、まず自分で教えるときの手引きとしても役立ててほしいものなのである。
 私はこの後に中級程度まで進む詳しいピアノ教則本を出版することを考えている。
フェルディナント・バイエル


著者はこのはしがきを評して「何を言っているのだろうか」と疑問を投げかける。はしがきが言っているのは、「この教材を使ってもテクニックなんて身に付かないぞ」「先生につく?てめぇひとりで練習しろ」「弾き方?ママにでも訊いてろ」ということだ。つまりバイエルの教材は、音楽教室で先生に教わるための教材として作られていない。こんな意図で、はたして子供用の教材の役に立つのか。

バイエルは残された資料が極端に少ないので、この「はしがき」は、バイエルが自筆で残した数少ない貴重な資料だ。著者はこのはしがきを出発点に、バイエルが生きた痕跡を辿り続ける。

本の後半になって、著者は執念で「バイエルの謎」をひとつひとつ解き明かしていく。この謎解きがあまりにも見事で、鮮やかな解答というほかはない。正直、僕も読んでいてびっくりした。何を言っているのか不可解な「はしがき」に照らし合わせて、その意図がひとつひとつ明快に理解できる。 ネタバレになってしまうのでここでは書かないが、それが非常にもどかしいくらいの鮮やかさだ。

人文科学であれば、出てくる解答はすべて「仮説」の域を出ない。本当のところはどうなのか、を証明することは原理的に不可能だ。しかし研究者の直感として、真実に肉薄した仮説にたどり着いたときには、「仕留めた」という明確な実感がある。謎が阻む強固な壁を、自らの執念でぶち抜いたという実感、これこそが高等教育のもたらす最大の福音だろう。大学時代に一度でもそのような実感を得られる経験をしたら、ちゃんとした大学生活を送っていたということだと思う。

また、単に謎解きの本というだけでなく、謎を追う際の紀行文としても楽しめる。著者はバイエルの情報を追って、アメリカ、ドイツ、オーストリアに取材に出かけるのだが、その道中記が生き生きと描かれている。
どんな研究者でも、偉い大学の先生でも、自分の知らない外国の街にひとりで行くのは、怖いのだ。目的の所に辿りつけるだろうか。人に会ったら自分の用件をちゃんと伝えられるだろうか。こっちの不備で必要なものが手に入らなかったらどうしよう。そんな不安と戦いながら恐る恐る図書館を巡り、手がかりを見つけたときは大喜び、ガッツポーズをしながらホテルに戻る。そこには、世間一般に考えられている「大学教授」のイメージは欠片も無い。ただ一心に謎を追い続け、知りたいことを知ろうとする、「知のハンター」がいるだけだ。

大学生にこの本を薦めるときには、特に語学の必要性を説きたい。バイエルはドイツ人なので、調査にドイツ語が必要なのは当然として、この調査には少なくともドイツ語、フランス語、英語を使いこなすことが必須だ。大学の第二外国語で落第点を取っている程度の語学力では、この「狩り」は出来なかろう。銃もないのに狩りが出来るか。語学というのは、学問研究における基礎中の基礎だ。普段からそういう意識で語学の授業に出ている大学生が、どれほどいるのだろうか。

著者は調査の過程で、市井の人を含む、さまざまな人から助力を得ている。大学教授でありながら、自分の専門以外の分野に関しては、大学院生にだって謙虚に教えを乞う。真実にたどり着く「運」を偶然にでも掴むには、こうした日々の生き方が必要なんだろうな、と思わせてくれる。

知的研究の興奮を余すところなく伝え、世界を飛び回る紀行文が楽しめ、謎をひとつずつ解いていくパズルとして優れている。この夏、なにか読書をしようと思っている人に、ぶっちぎりでお薦めの一冊だ。


note

内容をまとめる読書ノートは当然コレ。



巻末の解説が、名著『絶対音感』の最相葉月というのも渋い。

『いのちのよろこび』(でんぱ組.inc)





仕事しながらラジオ聞いてて、たまたま流れてたんだけど、歌詞にびっくりした。
仕事の手を止めてじーっと聞いてしまった。

「日本人は無宗教」なんて言う人がいるけど、宗教という特定の既存物に頼らず、習合によって様々な世界観を各自が自分の中に取り込んで、独自に完結させている世界唯一の民族なのだと思う。たとえ矛盾する教義であっても、それを自分の中に取り込む能力がある。哲学にせよ宗教にせよ、既存の世界観は、自分の内的世界をつくるためのきっかけに過ぎず、頼るものではない。

この詞を各国語に翻訳して「どこの国で作られた曲か」と聞いても、世界中の人がためらいなく「日本」と答えると思う。こんな詞、世界の中で日本人しか書けない。愛だの恋だの、自我だの平和だの、そんなことしか詞の題材がない欧米人に書ける詞ではない。こんな詞を、女の子たちが踊りながら平然と歌ってるのが日本という国。

内容だけでなく、使われていることばもかなり練られてる。概念とことばが離れ過ぎず、なおかつ現代の女の子世代の身体感覚に合うようなことばを選んで楽曲の勢いを全く殺さない。安直な繰り返しもなく、詞が一つの物語として完結している。半端ない完成度。



作った人は何者だろうか。

気になるコトバ。

夏が近づき、出版各社が夏の文庫フェアを開始した。
その中のひとつ、集英社文庫の「ナツイチ」に採り上げられた、『言えないコトバ』(益田ミリ 著)を読んでみた。


ienaikotoba


言葉に関するエッセイ集。単なるあるある話から、筆者が日頃から違和感を感じている言葉まで、言葉に関するあれこれを雑然と綴っている。
まぁ、読みやすい本。年配者による「最近の若者の言葉遣いはけしからん」的な、上から目線のダメ出しなどでは全然なく、筆者が肩肘張らずに言葉に関して思ったことをそのまま書いている観のある本。言語論ではなくエッセイとして、気軽に読める本だろう。暑い夏に読むための読書フェアに推されるのも、まぁ分からないではない。


しかし、言葉に関してエッセイを書いているにしては、この著者、ことばづかいが雑すぎるのが気になった。


まず、文章に「のである」がやたらに多い。
中・高の国語の授業であれば、無条件に削除するように添削される表現だ。

「試しに言ってみるのだが、今まで驚いてくれた人は、ひとりもいなかったのである

「どうも気後れして真似ができなかったのである

「想像したら、少し胸がキュンとしたのである


見開きの2ページだけで、「のである」が3例も出てきている。
一般的に「のである」は、単独で使われる時は削除しても意味が変わらない。「ひとりもいなかった」「真似ができなかった」「少し胸がキュンとした」と書くほうが簡潔で、意味も伝わりやすい。

「のである」が使われるのは、一度言ったことを、他の例を使ったり違う言葉を使ったりして、もう一度言い直すときだ。
本書の『パンツ』という項目で、筆者は「チョッキ」「トックリ」という言葉を最近使わなくなり「ベスト」「タートルネック」と言うようになったことを挙げて、こう書いている。

「わたしの父には、いいまだそれらは死語ではないし、このまま突き進むはずだ。ちなみにわたしの母は、わたしよりも、うんと長い時間がかかったものの、ベストやタートルに辿り着いている。オシャレへの関心の度合いによって、夫婦である父と母には若干のコトバの壁ができたのである。」


この箇所では、「父はこう」「母はこう」「要するにこう」と、前に挙げたことを他の表現でまとめているので、これは「のである」の正しい使い方だ。
しかし、この本ではあまりに「のである」が多用され過ぎているので、これはたまたま正しい用法で「のである」を使っていた箇所、というだけに過ぎないだろう。「濫発した中にたまたま正しい用法があった」という、単なる偶然だと思う。

そもそも、「のである」の正用法には、「伝えたいことを一文だけで伝え切れていない」という大前提がある。伝えきれないから、他の言い方で補完しなければならないのである。だからそもそも正用法といえども「のである」を多用するのは、上手な書き手ではない。


他にもこの本、言葉遣いが疑わしい書き方が多く見られる。

「どうやら、おもてなしをすることが流行っているような気がする」


典型的な文のねじれ。「どうやら」の後に句読点が打ってあるので、これは文全体を修飾する。すると被修飾語は文全体の述語になるので「気がする」ということになる。すると言っていることは「自分では意識していないが、どうやら私は・・・という気がしているようだ」ということになる。おそらく誤文だろう。

察するところ、正しい係り受けは「どうやら・・・流行っているようだ」だろう。「どうやら」は、係り受けとして「〜ようだ」「〜らしい」で受ける表現だ。上の文では、それが成り立っていない。いっそのこと「どうやら、」を削除して、単に「おもてなしをすることが流行っているような気がする」と書いたほうが誤解がない。

「デパートか、百貨店か。
口にする前に、毎度、
『どっちだっけ?』
と一瞬とまどうわたしがいる。」


どこかで見た歌の歌詞か、哲学的な思索に関する言及を、何の疑問もなく丸パクリして使ってる表現だろう。当該のエッセイは、筆者が「『デパート』という言葉は『パレード』に似てるから、ゴージャス感が凄すぎて、使うのをためらう」という内容だ。そんな瑣末なことを迷っているよりも、「一瞬とまどうわたしがいる」という表現を躊躇もなく使う感性のほうを疑ったほうがいいのではないか。

「〜しているわたしがいる」という表現は、主文の述語が「いる」という存在認識なので、その対称として「いない」(=「非存在」)の概念が前提となる。つまり「死」「無」「虚」の世界だ。無というのは、それ自体に概念を与えられないので、必然的に「有」と対称することでしか捉えることができない。そういう「無」に捉えられそうになったとき、自分の存在に立ち返る(つまり「我に返る」)ことによって「無」の認識に達するときの表現が、「〜するわたしがいる」という言い方だ。この表現はもともと日本語独特のものではなく、海外の認識論を翻訳する際に編み出された翻訳表現だ。僕の知る限り、最初に使ったのは確か堀口大學だったと思う。

当該の文は、そこまで意図してこの表現を使ってはいまい。おそらく「デパートか百貨店か、気づくと『どっちだっけ?』と迷っていることが多い」くらいの意味だろう。それを何やら歌の歌詞のように、もってまわった言い方で表している。決して、文章勘の成熟した大人が書く文章ではない。


かように突っ込みどころが満載の本なのだが、別に僕はそれが悪いと言っているわけではない。この本はエッセイなのだし、想定している読者もそれほどことばにうるさい人ばかりではなかろう。夏の暑いさかりに、時間つぶしに読書を、などという向きには読みやすい本だと思うし、その面では「仕事をしている本」だろう。

僕が思うのは、「この筆者、いままでの人生で、誰にも文章を直される経験がないままここまで来てしまったのだろうか」ということだ。
たとえば先に挙げた「〜のである」などは、中学生のうちに直されているはずの表現だ。昨今では国語の授業数が削減されて、作文の指導も十分ではないのかもしれない。中学、高校と、文章を添削される機会は数多あったはずなのだが、そのどの段階でも添削をすり抜けてここまで来てしまったのだろうか。

日本語の母語話者だからといって、日本語が上手とは限らない。特に思考を文章に著して、広く世の人々の目に触れるようになれば、そこには一応の文章訓練が必要だろう。僕の印象では、学校における国語教育を軽視する人ほど、そういう能力をきちんと身につけていない。

言葉に関するエッセイであれば、読者としては、自然と筆者の「日本語力」に注視しながら本を読み進める。どれだけ書いてある内容が面白かろうと、気楽に読める本だろうと、「本を書く」ということの一番の根幹を成す能力が疑わしければ、説得力が激減する。読んでいて興醒めする。

言葉についてあれこれと書いてあるエッセイなのだが、この本から僕が一番強い印象を受けたのは、そういう言葉の運用面に関することだった。まぁ、筆者の意図とは違うだろうが、ことばの使い方とその身につけかたについて、考えさせられる本だった。 



『言えないコトバ』と、なぜカタカナで表記してるんですかね。

Highschool Lullaby (SOLEIL)





一周廻って戻ってくるのを見る側になってしまった。

俳句についてどう答えるか

次の文章は「啓蟄」という季語について解説したものである。これを読み、後の例句の中から一句を選んで、感じたこと考えたことを、160字以上200字以内で記せ(句読点も一字として数える)。なお、解答用紙の指定欄に、選んだ俳句を記入せよ。
注意:採点に際しては、表記についても考慮する。

二十四節気の一つ。陽暦三月六日ごろで、大陽黄経は三百四十五度。このころになると、めざとい人なら、冬眠からさめた昆虫やヘビ、トカゲ、カエルなどを見つけるが、だれの目にもふれるというわけではない。虫とは限らず、ヒベリのさえずりもこのころから聞こえてくる。虫出しの雷ということばもある。大陸から南下する寒冷気団の先頭にある寒冷前線が通るときに鳴る春雷のことだが、啓蟄のころには南からの暖気も強まりかけているので、雷声もひときわ大きくなりやすい。

例句
 啓蟄の虫におどろく緑の上
 啓蟄に伏し囀(さえづり)に仰ぎけり
 啓蟄や日はふりそそぐ矢の如く



東京大学 1989年入試問題(国語)第二問の問題。


東大は1999年まで「死の第二問」と呼ばれる作文問題を出題していた。「作文」という採点基準がよく分からない問題で、受験参考書や予備校はその指導の仕方に四苦八苦していた。

この、通称「死の第二問」がそう呼ばれているのは、勉強のしかたがさっぱり分からないということ以外に、問題のテーマとしてよく「死」が取り上げられる、という理由があった。1981年の「樹木の言葉」、1982年の「国木田独歩の手紙」、1985年の「金子みすゞの詩」、1987年の「夏の風景」などの問題はよく知られている。

その第二問が、1989年に「俳句」という前代未聞の出題を行い、受験業界の度肝を抜いた。高校の現代文の授業で、俳句というのは、まぁ、「受験に関係ない単元」として飛ばされることが多い。高校生としても、俳句がまさか東大入試に出題されるとは思わなかっただろう。この出題からは、東大が世間で最も注目される入試としての自覚をもち、文部省(現・文部科学省)が策定した指導要領を遵守しようという基本姿勢が見える。「 高校で習ったことなら、入試に出る」という、当たり前のことを当たり前に実行している。長らく出題されていた東大国語第二問のなかでも、この1989年の問題は別格の「伝説の問題」とされている。

僕はいままで受験参考書でいろいろと、この問題に対する解説を読んだが、すべて見当違いのものだった。おおむね書いてあることは「東大の受験勉強に没頭するあまり、日常生活から自然を感じる感性が失われていないだろうか。教育を受けた大人として、知識を覚える勉強ばかりでなく、自然に目を向ける感性が必要である。この問題からは、東大が要求する成熟した人間像が見えてくる」のような寝言ばかりだ。

(よくある誤答例)
「啓蟄の虫におどろく緑の上」

毎日を勉強ばかりしていると、世の中や自然に対する感性が鈍ってしまう。受験生は勉強ばかりしていればよいというわけではなく、自然に対する柔軟な感性をもち、自分をとりまく環境に感謝しつつ生活すべきだ。この句は、普段意識していない自然がいきなり自分の目の前に飛び出してきて、虚を突かれた狼狽を表している。この句のように自然と隔絶された生活を送ってはならず、余裕をもった精神生活を送ることが必要であろう。
(197字)


まぁ、0点だろう。東大を舐めるなと言いたい。東大が入試で問うているのは、東大に入って学問を修める資質が備わっているかどうかだけだ。自然に興味があろうとなかろうと一切関係ない。東大は「成熟した大人」「自然に関心がある『いい人』」を採ろうとしているわけではないのだ。

勘違いする人が多いが、この東大の入試問題の答えが、俳句の書評として優れたものである必要はない。これはあくまでも大学入試問題であって、俳句の書評コンテストではないのだ。その両者では、求められる資質が全く違う。世の中には「東大入試の正解」であれば、どんな場に出しても「正しいもの」と考える安直な人がいるが、そんなことは全くない。ここで書かなければならないのは「入試問題に対する正解」であって、「俳句を通して深く世の中を洞察する世界観」などでは無い。

だからこの問題の合格答案を作りたければ、そもそも「大学で学問をするために必要な資質」が分かっていれば、そこから逆算して考えればよい。
従来、「死の第二問」では、「死」にまつわる問題が頻出した。それは別に東大が「死」を好んでいるわけではなく、「『死』というテーマは、主観と客観を排して考えるのが難しい」というだけの理由だ。つまり東大が何年も繰り返し「死」について問うていたのは、要するに「『主観』と『客観』をきちんと分けて考えることができるか」ということを問うていたに過ぎない。

だから、それを問う他の題材があれば、別に「死」に関したものでなくても構わない。ここで俳句という題材を出してくる東大も東大だが、「問われている内容は以前と同じ」ということが分かっていれば、別に俳句の嗜みなど無くても合格答案は書ける。

解答を作る際、句の前にある歳時記的な説明文は使う必要がない。この説明箇所は、要するに「『啓蟄』っていう言葉は大丈夫ですか、こういう意味ですよ」という注釈に過ぎない。個人的には東大を受験しようとするほどの学生であれば啓蟄くらい知ってて当たり前だと思うので、この説明部分は不要だと思うのだが、この問題は「国語」の問題であって「理科」「一般常識」の問題ではない。句には3つとも「啓蟄」という言葉が使われているので、念のためその意味を書いてあるだけだ。啓蟄について「冬眠してた虫や動物が出てくる時期」程度のことを知っていれば、それで事足りる。

3つの句を見比べてみると、ひとつだけ種類の違う句がある。
「啓蟄の虫におどろく緑の上」「啓蟄に伏し囀に仰ぎけり」のふたつには、句の中に作者が登場している。「おどろく」主体は作者だし、「伏し」「仰ぎ」しているのも作者だ。このふたつの句の中は、純粋に描かれる客観世界ではなく、作者が登場することによって主体的な体験・主観的な情感が詠われている。

一方、「啓蟄や日はふりそそぐ矢の如く」の句には、作者が登場しない。これは世界を純然と客観視しているだけに過ぎず、物理現象を淡々と記述しているだけだ。それについて「こう思う」「こう感じる」という、筆者の主観は一切混じっていない。


haikunochigai
要するにこういう違い。


で、学問をするときに必要な姿勢はどちらか。
明らかに後者だ。学問をする際に必要なのは「対象を客観視すること」だ。現象を観測する時点で、個人的な感情や先入観が入っては絶対にいけない。論文を書くときに、内容に「筆者」という存在が登場してはいけないのだ。

この国語の問題は、その姿勢を問うだけのものに過ぎない。つまり、この問題は最初から「啓蟄や日はふりそそぐ矢の如く」の句を選べるかどうかが重要なのであって、他の2句を選んだ時点で0点確定だろう。その理由として、学問を修めるに必要な「主観・客観の区別」ということが書けていれば、合格答案としては十分だろう。

(解答例)
「啓蟄や日はふりそそぐ矢の如く」

他の2句では主体的存在として句の作者が存在しており、「おどろく」「伏し」「仰ぎ」などの行為を行なっている。これらの句では、句中に登場する作者が主体的に行為を行い、その目を通して自然現象を主観的に描いている。ところが「ふりそそぐ矢の如く」の句では内容に作者が存在せず、自然現象を客観的に記述している。主観を廃し、作者をとりまく自然を客観的に描こうとしている点で、他の2つの句とは異なる。
(195字)


まぁ、入試問題の答えとしてはこんなところだろうが、もしこの答案で俳句コンテストに応募したら落選間違いないだろう。そりゃそうだ、大学入試問題と俳句コンテストでは、求められているものが違う。東大入試の正解であれば世の中のどんな文脈であっても正しい、というわけではないのだ。

ましてや、東大は「受験勉強ばかりではなく、自然に対する憧憬が深く、生物に対する慈愛の心をもち、俳句を嗜む風流な学生」を合格させたいのでもない。そんなことは、大学で学問をする際には全く関係ない。東大の過去問の解説書は、やたらと「いい人競争」をさせようとする答案を「正解」として載っけているが、おそらく出題者の先生はそんな正解例を見て笑い転げているだろう。少なくとも、僕が個人的に知っている東大の先生で、俳句の心得がある先生など一人もいない。



人間性を問うているわけではないと何度言ったら

国の主権を担う者

太平洋戦争がもう1年続いていたら、日本で革命は起きていただろうか。


「主権在民」「民主主義」という言葉がある。誰でも聞いたことはあるし、意味も知っているが、その意義を実感してはいないだろう、という言葉だ。日本では、主権は国民にある。憲法にもちゃんと書いてある。しかし、「国民が主権をもつ」ということが一体何を意味しているのか、日常のなかで実感している人はそう多くはないのではないか。

歴史を紐解いてみると、「『国』の主権」というのは、要するに「国以外の単位」が生活単位として跋扈していた時代と区別をつけるためだったものが分かる。つまり、宗教。中世までのヨーロッパでは、「国」という単位よりも、「信仰する宗教」のほうが生活単位を形成していた。

ところが、絶対主義の時代になると事情が変わってくる。「宗教」よりも「国」のほうが単位として強くなる。歴史上、それが露呈したのは三十年戦争(1618〜1648)だろう。もともと三十年戦争は、ベーメンの新教徒の反乱に端を発した、単なる宗教紛争だった。それがいつのまにか「国家間の戦争」に様変わりする。その契機となったのがフランスの参戦だ。カトリック国のフランスが、ハプスブルグ家打倒のために新教国側で参戦する、というおかしなことが起きた。これは、「宗教」よりも「国家」のほうが超越した存在になったということだ。

歴史資料を見れば分かるが、三十年戦争の講和条約のウェストファリア条約は、それまでの戦後の始末とは種類が異なる。条約適用の対象が明確に「国家」となっており、世の中が宗教ではなく「主権国家」を行政単位として再編成されていく過程が見て取れる。絶対王政が隆盛を極める過程で、主権国家の存在が確立し、主権国家間の調整による国際秩序が求められる時代になった。

しかし絶対王政の当時は、国の主権は国王にあり、それが国民に移るのはもう少し時間がかかる。一番分かりやすいのはフランス革命だろう。国王が握っていた主権を、国民が奪う、という最も分かりやすい形での主権委譲だ。

僕は従来、フランス革命を「迷走した挙句、矛盾した結果になった、単なる笑い話」程度の認識しかしていなかった。王制打倒を唱えて、革命戦争を繰り返した挙句、軍事権をひとりに委譲し、そいつが皇帝を名乗る、という本末転倒ぶりはまるで落語のようだ。フランス人は革命をえらく誇らしげに祝うが、なぜあんなに大失敗に終わった革命を誇るのか分からなかった。

しかし考えてみれば、一握りの権力が独占していた「国の主権」を、一般国民が持つようになる歴史の移行など、一回でうまくいくはずがないのだ。フランス革命は確かに失敗したが、そもそも「国民が主権を持つ」というチャレンジを行なった最初の挑戦だった。他の国はすべて、国民が主権を握るようになる過程で、フランスの失敗例をしっかり見据えて主権譲渡を行なってきた。その前例となったという意味で、フランス革命は歴史上の意義を保ち続けるだろう。

フランス革命は近隣の絶対主義諸国に衝撃を与えた。下手をすれば自分の国に革命が飛び火する。だから近隣諸国はフランスを包囲して革命の押さえ込みにかかった。ここで、果たしてナポレオンという軍事的天才がいなければ、革命は瞬時に潰されていただろうか。

そうは思わない。フランス革命以前と以後では、戦争のしかたが違うのだ。
フランス革命では、まがりなりにも「一般市民が主権を持つ」という段階を一応達成した。フランス革命戦争で周辺諸国と戦ったのは一般市民から募った義勇軍だが、その戦意は中世までの戦争とは段違いだっただろう。なにせ、それまでの「王様に徴兵されて嫌々戦う」のではなく、「自分の国のために、自分の力で戦う」のだ。こうしたナショナリズムに基づいた義勇軍は、徴兵制によって常時戦力が補充できる国民軍の編成を可能とした。

これは裏を返せば、戦争が長期化することを意味する。国民主権を達成したことによって、「自分たちの国のために戦う」「決して諦めない」という強い動機付けが生まれる。フランス革命以降、戦争は主権者の一存で終結するのではなく、終戦の判断が合議に委ねられる形態に変化した。

そうした挙国一致体制は第一次世界大戦でも継続したが、その理由はちょっと異なる。第一次大戦の場合、兵器の技術が上がって犠牲者数が激増したため、徴兵制で国民を総動員しないと戦争が継続できなかったのだ。終戦のための講和会議も、莫大な犠牲に見合うだけの成果を得なくては国民世論が納得しないため、戦争が泥沼化した。敗戦国ドイツには1320億金マルクという非現実的な賠償金がで懲罰的に突きつけられた。実際問題として経済が破綻したドイツにこんな莫大な賠償金を支払う能力はなく、踏み倒す以外に道はない。かくして「ベルサイユ条約体制破棄」を唱えるナチスの台頭を招いた。

第一次大戦時に見られる傾向は、国民主権のもとで、「国民の意思で戦争を終結させる」という動きが出始めたことだ。ロシア革命、ドイツ革命は、総力戦への動員に疲弊した国民が、政権を奪い無理やり戦争終結を画策したものだ。

こうして見ると、「主権」というものの形成には、戦争が大きく関わっていることが分かる。国の主権のあり方は資料から直接観察できない類いのものだが、戦争のあり方を見れば、各時代の国家のあり方と密接に結びついていることが分かる。


翻って、日本ではどうだろう。
日本では、「主権」を獲得するための闘争を経験していない。封建制度の次がいきなり立憲民主制で、しかも「国の中枢にいる頭のいい人達が勝手に決めた憲法」によって、上から降ってきたものだ。大日本帝国憲法下では天皇にあった主権が国民に下りてきたのも、国民の苦闘によるものではない。アメリカによって作られた憲法によってそう決められたに過ぎない。

大日本帝国憲法が発布された時、「国の主権は天皇にある」ということの意味を理解していた国民がどれほどいたのだろうか。日本国憲法が発布された時、「これからは国の主権は国民がもつ」ということの意味を理解していた国民がどれほどいたのだろうか。
日本では、必然性もなく、「よその国がそうしているから」という理由で主権国家体制が固まった。国民による希求よりも制度のほうが先に出来てしまったため、いわゆる民主主義的な感覚が十分に育つまえに外枠が決まってしまった観がある。

日本は太平洋戦争で総力戦をはじめて経験したが、戦争があと数年続いたとしても、ドイツやロシアのように戦争継続に異を唱えて革命を起こし、主権のあり方を示すような行動をとれたとは思えない。教育勅語の賜物なのか、本当に最期の一兵まで戦おうとしただろう。決して、民主主義が成熟している国民のやることではない。

そして今、日本の民主主義の浸透度合いは、太平洋戦争当時からどれほど進歩しているのだろうか。政治を「一握りの政治家が勝手にやっていること」と思い込み、政治不正に文句を言って溜飲を下げているレベルに留まっていないか。国の主権を自分たちが握っているということが本当に分かっていれば、政治に対してそういう態度は絶対に取れないはずだ。

今年は夏に参議院選がある。衆議院を解散して衆参ダブル選挙になる可能性もある。
そういう時勢で、国の主権というのは何なのか、主権をもつ主体として国にどう関わるべきか、そういうことをきちんと学校で教えているのか、心配になる。



学生が「面倒だから選挙に行きたくない」とか抜かしていたので

朝日新聞「選挙結果など住民の意思とは認めん」

橋下徹氏 生放送で朝日新聞をメッタ斬り「朝日新聞の論説委員はみんなあんぽんたん」

8日のフジテレビ系「とくダネ!」に元大阪市長の橋下徹氏(49)が出演し、大阪ダブル選挙に言及した。

府知事選では前大阪市長の吉村洋文氏(43)、市長選では前大阪府知事の松井一郎氏(55)がそれぞれ当選した。維新が自民党候補を破り、大阪都構想も加速させ上機嫌なはずの橋下氏だが、なぜかはらわたは煮えくり返っている様子。

矛先を朝日新聞に向け「市議会も84議席のうち、今回、40議席取ってる。府議会は過半数取ってる。これでね、まだ民意を得ていないなんていったら…、朝日新聞の社説なんかメチャクチャですよ」と怒りをあらわにした。

朝日新聞がダブル選挙を「奇策」と表現し、沖縄の辺野古埋め立てについては県民投票の結果を受け止めるよう、促したことに反発。

本当は国の安全保障を県民投票で決めるっていうのはおかしい。こっちのほうが奇策。でも、朝日新聞は県民投票を奇策と言わずに、ダブル選挙を奇策、奇策って。朝日新聞の論説委員はみんなあんぽんたん」と収まらない様子だった。



大阪4重選挙 都構想巡る議論深めよ
(2019年4月8日 朝日新聞社説)
大阪の府知事選と市長選では大勝して引き続きポストを確保し、府議選でも新たに過半数の議席を獲得した。ただ、市議選では半数に及ばなかった。  

大阪市を廃止して東京23区のような特別区に再編する都構想の是非を最大の争点として行われた異例の4重選挙は、構想の実現を訴えた大阪維新の会が幅広い支持を獲得した。  

構想の実現には府議会と市議会の議決が前提となるため、選挙前と同様、維新が単独で手続きを進めることはできない。しかし、四つの選挙の結果からは、2015年の住民投票で否定された都構想への支持が広がっていることが見てとれる。  

その利点や懸念についての検討をさらに深め、どんな都市制度改革が必要かを突き詰めていく。維新と、都構想に反対してきた自民、公明など反維新の各会派は、真摯に議論を重ねなければならない。  

都構想の狙いとして、維新は府と市の二重行政の解消を強調する。現行制度のもとでも取り組むべき課題であり、実際に維新も公営住宅事業や信用保証協会、産業・工業研究所を統合してきた。その上でなぜ都構想の実現が不可欠なのか、コストや懸念にどう向き合うのか、より詳細な議論が必要だ。  

都構想を巡っては、実現に不可欠な2度目の住民投票の実施を巡り、維新と公明の間で様々な駆け引きが続いた。そうした不透明なやり方ではなく、法定協議会をベースとした透明な作業が求められる。  

忘れてならないのは4重選挙となった経緯である。府知事と市長の任期途中での辞職と立場を入れ替えての立候補という、維新による脱法的な行為は看過できない。

維新代表で大阪府知事だった松井一郎氏と政調会長で大阪市長だった吉村洋文氏がそろって辞職したのは、任期満了に伴い予定されていた府議選と市議選に首長選を重ね、議会選に臨む同僚を後押しする狙いだった。辞職した2人がそのまま府知事と市長に再選しても、公職選挙法の規定で任期は辞職前の残り期間に限られる。それをすり抜けようと、立場を入れ替えての「クロス選」に打って出た。  

再選を目指す現職が有利になるよう、辞職によって選挙の時期を選ぶ事態を防ぐのが法の趣旨だ。不意に選挙を仕掛け、自らが率いる政党の押し上げを狙った松井氏と吉村氏は反省すべきであり、今後の都構想論議で「奇策」を弄してはならない。  

大阪を含む政令指定市にとって、道府県との関係や住民の意思を反映する仕組みづくりは共通する課題である。他の市にも参考となる検討を期待する


選挙の結果を「住民の意思」とは認めない、という、民主主義の根源を揺るがす主張。

朝日新聞にとっての「民意を反映していない」というのは、単に「自分たちの思い通りになっていない」というだけのこと。どれだけ選挙で圧倒的な惨敗を喫しても「民意が反映されていない」「十分な議論がされていない」と言い張り続ける。



購読者数の激減が十分に民意だろ。

なぜ「六」は「りく」なのか

漢字の成り立ちを6種類に分類したものを「六書」という。


象形・指事・形声・会意・転注・仮借の6通りのことを指す。実際にはこの6つは同等の分類ではなく、最初の4つ(象形・指事・形声・会意)は漢字の成り立ちを示し、あとの2つ(転注・仮借)は文字の応用方法を指す。まぁ、いかんせん提案されたのが121年の『説文解字』(許慎)によるものなので、現代的な漢字の実情には合っていない面もある。むしろ2000年以上も前の分類がいまだに生き残っていることのほうが驚異だろう。

この六書、漢字という基本的な表記体系に関することでありながら、ほとんどの日本人がはっきりとは知らない。高校の漢文の授業で若干習う程度だろう。僕もこの六書について調べるときは、自分の仕事や授業の必要上、漢字の歴史や背景について詳しく知る必要があるときくらいに限られる。

そのときにいつも疑問に思うことがある。
この六書、なぜ「りくしょ」と読むのだろう?

数字の「六」は、ふつう「ろく」と読む。ところがこういう、なんか中国っぽい古典的な文脈に出てくるときは「りく」と読むことが多い。
それは知っている人が多いだろうが、なぜそうなのか、理由をきちんと説明できる人は少ないのではないか。

漢字に多くの読み方があるのは、日本語を勉強する外国人がいつも嘆息するポイントのひとつだ。漢字を習いたての小学生も、漢字の違う読み方に混乱することがある。
多くの人が知っているのは「音」と「訓」のちがいだろう。ざっくり言って、中国語読みとやまとことば読みの違いだ。もともと日本語には漢字はなく、中国から輸入してきた漢字をむりやり従来の単語に割り当てたため、本来の中国語読みと日本語読みの両方が共存することになった。

ところが、ひとつの漢字に複数の音読みがあるケースが多い。たとえば「行」という漢字は、「コウ(行動)」、「ギョウ(行間)」、「アン(行脚)」という3つの音読みがある。これらの読みがぜんぶ「音読み」とされている、ということは、漢字の「出元」の中国では、いくつもいくつも読み方があったことになってしまう。

調べてみたらこの考え方は、半分正しくて、半分まちがっているらしい。日本に導入された音読みは多岐にわたるが、本場の中国でもいくつも読み方があったわけではなかったらしい。だから中国人がひとつの漢字を見たら、読み方がいくつもあって混乱する、ということはない。

ただし、中国は広くて歴史が長いので、地域的・時代的な違いはあったらしい。「日本は漢字を中国から輸入した」と簡単に言うが、その輸入の時期には時代的なずれがあったようだ。その時代ごとのずれが、違った音の導入になった原因だそうだ。

最初に日本が漢字を輸入したのは奈良時代のことで、中国では三国時代から六朝にかけての読み方が伝わった。日本の奈良時代といえばすでに中国では唐の時代だが、リアルタイムの漢字が輸入されたわけではなく、ちょっと「型落ち」の漢字が輸入されたらしい。この最初期に輸入された漢字の読み方を「呉音」という。

この時代の読み方をなぜ「呉」音というのはよく分かっていないが、勘では当時の日本が関係した地域が華南中心だったからではないか。当時の遣隋使、遣唐使などの海上ルートを調べてみると、中国大陸のやや南よりに漂着するケースが多い。この地域に、三国志時代の「呉」の国で使われた漢字を輸入したのではないか。

のちに遣唐使がバンバン派遣され、「型落ち」の漢字ではなく、最新の漢字が輸入されるようになった。唐の都は北のほうにある長安なので、呉音が使われていた華南の地域とはことばが違う。遣唐使で派遣された日本の留学生は、日本で習ってきた漢字と、長安での漢字では、読み方が違うことに戸惑った。そこで彼らは「長安の漢字こそ標準語。いままで習ってきた呉音は『方言』に過ぎない」と考えた。帰国後、遣唐使の帰国組は最新の「標準語」を大いに宣伝した。この時代にもたらされた長安の最新の読み方を「漢音」と呼ぶ。

いわば、時代と地域が違うふたつの読み方が日本国内で共存することになり、当時の飛鳥朝廷ではかなり混乱したらしい。そこで朝廷は、時代がやや古い呉音を廃止し、「長安の最新の言葉」である漢音を使うように制度をつくった。そのための勅令が何度か出されている。

しかし、いくらお上が「この漢字はこう読め」と言ったところで、すでに呼び方として定着しているモノの名前が簡単に変えられるわけはない。たとえば「屏風」を「びょうぶ」というのは古い呉音の読み方で、漢音では「へいふう」と読むが、勅令が出たからといって「そこの『へいふう』を立てかけてくれ」などと言い換えができるようになるわけはあるまい。日常生活に支障を来す。

もっと支障を来すのは仏典や経文の読み方だ。奈良時代に大量に輸入された経典は、すべて呉音で読まれていた。それをお上の命令でいきなり漢音に置き換えろと言われても、坊さんたちは困るだろう。「極楽」は今日から「ごくらく」ではなく「きょくらく」ですよ、というわけにはいかない。「阿弥陀経」は「あみだきょう」ではなく「あびたけい」と読みなさい、と言われても困るだろう。

面白いのは、宗教や学問が輸入された時期によって、呉音と漢音が使い分けられていることだ。仏教は奈良時代が輸入ラッシュのピークだったので、当時の読み方であった呉音で読まれている漢字が多い。ところが、それより少し時代が経ってから輸入された儒教では、漢音で読む漢字が多い。たとえば「経」という漢字は、仏教では「きょう(経文)」と呉音で読むのに対して、儒教では「けい(経書)」と漢音で読む。

平安時代から室町時代にかけて、どうも日本人の意識的には「呉音は古い読み方だから、できるだけ新しい漢音で読もう」という努力が行われていたらしい。儒教の教典を「六書(りくしょ)」と読むのは、どうもこの時代の努力の名残のようだ。まぁ、儒教の教典だから漢音で読む、という傾向はあったにせよ、仏教的な慣習の縛りがない分野では、できるだけ漢音で読もうとしていたようだ。

それが江戸時代になると、儒教が官学になり、仏教よりも儒教のほうが地位が高くなる。それに伴い、「漢音読みこそが正統」として呉音を排する運動が起きた。その一番の急先鋒が本居宣長だった。宣長は「呉音は古い読み方で単なる方言に過ぎない。漢字はすべて漢音に統一すべきだ」という論文を書いた。世間一般のイメージとは違い、かなり過激な主張をする人だったようだ。

当時の儒教の特徴は「正統」「邪道」という正誤の判断で世の中すべてを断罪する、という極端な正統主義にあるだろう。お上にとって使い勝手のいい道徳律なので、官学になるのも分かる。
しかし、ことばというものは生き物だから、「こっちのほうが正統。いままでの使い方は間違っている。だから今後はこっちを使え」と強制したところで定着するものではない。本居宣長は儒教思想にどっぷり浸りながら国学を大成し、日本人と日本文化の背骨をブチ建てようと苦心していた学者だ。その意気や良し、しかし現実と理想の齟齬を埋められるほど実務的な人ではなかった。

ちなみに漢字の読み方は「呉音」「漢音」で終わりではない。その後の時代の読み方の「唐宋音」というものがある。
中国では唐が崩壊し、統一王朝が一旦途絶える。一般的にはその後の時代を「五代十国時代」と称するが、要するに各地域に豪族が擁立される混乱期だ。その後、北宋が一応統一の体裁をとるが、すぐに南宋に分離し、さらに征服王朝の金に華北を乗っ取られる。

時代が乱れただけあって、この時代の「ことばの乱れ」は相当なものだったようで、各自の方言や外国語が入り乱れ、漢字の読み方も派手に変化した。この時代の漢字の読み方は、鎌倉・室町期に輸入されるが、すでに日本では呉音と漢音の並立状態にあった。新しい唐宋音はすでに日本に入り込む隙が残されておらず、わずか例外的に採用されるに過ぎなかった。「和」を「お(和尚)」、「子」を「す(椅子)」、「頭」を「じゅう(饅頭)」などと読むのは、すべてこの時代に輸入された唐宋音だ。「行脚(あんぎゃ)」に至っては二字とも唐宋音で読んでいる。

感覚では、「和尚」「椅子」「饅頭」「行脚」などの読み方は、より古い読み方のような気がする。しかし実際には、こちらの読み方のほうが新しいのだ。この読み方が日本に入ってきたときには、すでにそれぞれの漢字の読み方が定着していたために、日本では定着しなかった、というのが実情らしい。

こうした事情が重なって、現在の日本の漢字には複数の音読みがある。通常、3つの異なる音読みがある場合、それは「呉音」「漢音」「唐宋音」の3つであることが多い。

「行」
「ぎょう」(改)・・・呉音
「こう」(動)・・・漢音
「あん」(脚)・・・唐宋音

「明」
「みょう」(灯)・・・呉音
「めい」(治)・・・漢音
「みん」(朝体)・・・唐宋音

「請」
「しょう」(起文)・・・呉音
「せい」(要)・・・漢音
「しん」(普)・・・唐宋音

一般的に「漢字は中国から輸入された」と簡単に言うが、輸入元の中国の広さと、輸入された時代の幅を勘案しないと、どうして漢字が現在のような面倒な読み方をするのか分からなくなる。そういう時に時代背景と導入時の事情を調べてみると、どうしてそういうことになっているのか、ある程度わかるものらしい。



漢検1級の勉強してたらこういう脇道に逸れまして

勘定のしかた

宮沢賢治の『雨ニモマケズ』に、以下のような一節がある。

一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ


まぁ、利己的な僕としては、あまり宮沢賢治のよい読者ではない。そもそも、この詩は全体的にあまりピンとこない。
その中でも、この「ジブンヲカンジョウニ入レズニ」という一節は、特に意味が分からない箇所だった。

おおむね、「利己的な気持ちを捨て、他者に対する思いやりと博愛精神をもって」くらいの意味だと理解していたのだが、それにしてはこの「理想の人間像」、食べ過ぎだ。「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」と言っているのだが、1日4合は食べ過ぎだろう。当時の農村の食生活は現在ほど副食や総菜が多くなく、大量の穀物を少量のおかずで食べていた、という時代背景はあっただろう。しかし戦前の食料事情にしては十分に過ぎ、豪勢といってもいい食生活だ。これで「ジブンヲカンジョウニ入レズニ」も何もない。

さらに分からないのが、その直後にある「ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ」という箇所だ。
この詩の後の部分に「東ニ病気ノコドモアレバ・・・、西ニツカレタ母アレバ・・・、南ニ死ニサウナ人アレバ・・・、北ニケンクヮヤソショウガアレバ・・・」という、博愛精神てんこ盛りの箇所があるのはよく知られているが、この部分は「ジブンヲカンジョウニ入レズニ」から直接つながってはいない。間に「ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ」という、いわば余計な文言が入っている。この部分を入れた宮沢賢治の筆遣いは、いったいどういうことなのか。

僕は普段、宮沢賢治については評論を避けることにしている。「良さが分からない」というよりは、僕自身が誤読をしている可能性が高い気がするのだ。この『雨ニモマケズ』にしても、平易な目で見ると、あまり感心する人間像だとはどうも思えない。少なくとも僕はこんな人間像など御免こうむりたい。あまり楽しくなさそうだ。
その誤読の原因が、どうもこの「ジブンヲカンジョウニ入レズニ」という一節にあるような気がして、かねてからずっと気になっていた。


話は変わるのだが、井原西鶴の『世間胸算用』を読んでいたら、変な文章を見つけた。

またある子は、紙の余慶持ち来りて、紙つかひ過ごして不自由なる子供に、一日一倍ましの利にてこれを貸し、年中に積もりての徳、何程といふ限りもなし。

(口語訳)
またある子供は、紙を余分に持ってきて、紙を使いすぎて不自由している子供に、一日に倍増しの利子をつけてこれを貸し、一年で貯まった儲けは、どれほどとも言えないほどだ。


場面は書道の手習い所。ある商人が息子をそこに通わせていた。息子は日頃から、手習い所で他の子供が使い潰した筆の軸を集めており、まもなく自分で筆軸を細工して軸簾を作った。それを売り払って銀4匁5分を稼いだ。商人はそれを誇らしく思い、手習いの師匠に嬉々として報告した。すると意に反して師匠は渋い顔をして、息子と商人の心得違いを諭す、という話だ。

話の落ちは、「あなたは息子さんが賢く稼いだと思っているかもしれないが、それは息子さんの賢さというよりは、商人であるあなたの日頃の行いを真似しているだけだ。そういう子供が大成したためしはない。書道の手習いに通うのであれば、紙だの筆軸だのに気を取られるのではなく、一心不乱に書くことだけに専念するのがよい」という説教話。まぁ、江戸時代にはこういう「世間的な感覚とは逆振りした説教話」が通の嗜みだったのだろう。

変な箇所というのは、「一日一倍まし」という表現。
「一倍まし」であれば、数学的に、元値とまったく変わらないのではないか。

古語辞典を調べてみたら、「一倍」の意味は「二倍」ということらしい。そんな馬鹿な、という気がするが、複数の古語辞典にそう書いてあるのだから確かだろう。
「ひと一倍」という言葉があるが、これももともとは「ひとの二倍」という意味らしい。厳密に数学的に1倍なのであれば、ほかの人と何も変わらなくなってしまう。

どうやら古語の感覚としては、倍増分を計算するとき、元値からスタートするのではなく、元値から増幅した分だけをカウントするらしい。現在の数学的感覚とは違うが、どうもそういうことのようだ。だから「ひと一倍」という言葉の意味は、「まわりの人と同じ」ではなく「他の人の2倍くらい」ということになる。

ichibai

現在とは感覚が違う。


現代数学は純客観の公理によって構成されているので、「話し手の意識」なんてものは無い。「りんごが3つあります。それを2倍するといくつになりますか」という問題では、「最初のりんご3つが主人公で、そこから増える分が『他のりんご』で・・・」などという区別は無い。りんごは単なる数概念を投射した具象に過ぎず、客観的存在物としての「りんご」であって、そこに主観と客観の区別は無い。

ところが、日常的な感覚としては、「主人公となる主体(=わたし)」と、「異質の他者」の区別をするほうが普通なのだろう。世界中の言語で、人称代名詞は1人称とそれ以外の区別がある。数学的な感覚ではなく、言語に反映されている世界把握の認識としては、「わたし」と「他者」を区別するほうが普通なのかもしれない。


そう考えると、『雨ニモマケズ』の謎の箇所、「ジブンヲカンジョウニ入レズニ」という意味が、なんとなく分かるような気がする。
「ジブンヲカンジョウニ入レズニ」というのは、「自己犠牲の精神で」という意味ではなく、「主観を排して、客観的に世の中を見て」くらいの意味ではあるまいか。その時の自分の感情や、自分の好き嫌いで世の中を判断するのではなく、世事を離れた高いところから俯瞰する視点を持つ、という心構えを示しているのではないか。古語で「一倍」というのが自分を基準とした現代数学のかけ算ではなく、主体以外の増幅分をカウントするのと同じで、「自分」を基準点とはしない世界把握のしかたを言っているのではないか。

そう考えると、その直後に続く「ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ」の意味が分かる。世の中の人のために奔走する前に、まず冷静な目で世の中を客観視する。自分の感情で世の中を決めつけて見るのではなく、「主体としての自分を入れない世界観」を身につける。そうしたものの見方で世の中の必要性を見極めてはじめて、東西南北の必要性のために動く。

『雨ニモマケズ』は宮沢賢治自身が世間に公表した詩ではない。東北砕石工場の嘱託を務めていた賢治が病に倒れ、実家の花巻に帰省して闘病していた時代に手帳に書き記されていたのが、死後になって発表されたものだ。手帳の日付から、詩が作られたのは1931年と見られている。

この詩は、宮沢賢治が、他人に知られることなく「自分だけの心構え」としていたものを密かに書き記したものではないか。単純に「自己犠牲の権化」の行動として考えると、「東ニ病気ノコドモアレバ」「南ニ死ニサウナ人アレバ」、自分が食べる分の食べ物を提供してあげればいい。しかし宮沢賢治は冒頭で「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」と、自分の食い分をしっかり確保している。

一般に思われているこの詩の印象とは違い、宮沢賢治は冷静に「まず自分の安全をしっかり確保してから、冷静に世の中を把握し、必要と余力があれば動く」というスタンスをつくっていたのだと思う。そりゃ、公表せずに手帳にひっそり書き記すに留めるだろう。
病に臥せっていた賢治は、「どんな偉そうなことを言っても、どんな高い理想を持っていても、自分の身が健康でなければ何もできない」という実感をもっていたのではないか。まず食べるものをしっかり食べる。健康を取り戻して確保する。私情や感情にながされずに客観的に世の中を見る。そしてできれば、ほかの人の助けになれるようなひとになりたい。そういう「病中の願望」を表した詩に思えてならない。

散文とは違い、詩というのはいろいろな読み方ができる。作者が意図しなかったような読み方をする人もいるだろう。ましてや、本人が望んで公表したものでなければなおさらだ。これだから詩は安易に批評できない。



4合っていったらお茶碗8杯分だぞ。

ブーメラン

jibaku




他人に強要することを自分で守らない政治家は信用しない。

大学に向かない人々

こないだ、Twitterにこんなことを呟きましてね。


twitter


そしたら意外に反響が多くて、中には「詳しく説明してくれ」なんてコメントまで入れる人がいる始末。


はぁ?


大学進学率が57.9%に達する現在、日本で普通に中学、高校まで勉強していれば、「大学とは何をしに行くところなのか」くらい分かっていそうなものなのですが、大学がどういう所なのか分かっていない人が多いようです。大学で教えていても、分かっていない大学生が多いような気がします。

まぁ、上に挙げたすべてについてくどくど話していると愚痴話になってしまうので、一番勘違いの多い

・有用な勉強とは「日常の役に立つこと」である

だけについて話をしましょうかね。


僕は大学の授業で、毎学期、初回の授業で学生にアンケートをとる。
その中に必ず「中学・高校で習った教科のうち、必要ないと思う教科は何ですか」という質問を入れている。

不人気教科はおおむね日本史、世界史、数学、物理、化学、古典、漢文といった辺り。理由はすべて同じで「日常生活で使わないから」「役に立たない知識だから」というものだ。
学生はとにかく「役に立つ勉強」が大好きだ。ところが一歩突っ込まれて訊かれると、己の知見の脆弱さを簡単に露呈する。僕の経験からすると、「役に立つ科目」を優先して勉強しようとする学生に、優秀な学生はいない

件の命題を盲信している学生の共通点は、ことばを雑に扱い、「理解したつもりになっている」ことだ。
「有用な勉強とは『日常の役に立つこと』である」という命題には、その意味をよく考えなければならない言葉がふたつある。
「日常」と「役に立つ」のふたつだ。

まず、僕がいつも不思議に思うことがある。


なぜ学生は、そんなに「日常」が好きなのだろうか?


「日常の役に立つ」ということは、「毎日毎日、当たり前に過ごしている生活」を軸として知的活動を捉えている、ということだろう。ところが、そういう学生に限って、退屈な「日常」を忌避し、「すばらしくワクワクする非日常」に惹かれる傾向がある。具体的に言うと、大学の授業に出席することが当たり前の大学生活に嫌気が差し、授業をサボって遊びに行く、という行動をとることが多い。

旅行が好きな人は多いだろう。旅行というのは、繰り返される、決まりきった退屈な日常生活から「逸脱」し、非日常の世界を体感させてくれるものだ。毎日毎日、決まった日課の毎日を過ごしているからこそ楽しい。多くの人は、日常生活にありふれている身近なことよりも、旅行で体感できる珍しい体験のほうが、ワクワクするものではあるまいか。

ところがそれを、知的生活に置き換えて感じることができない学生が多い。
極論してしまえば、大学で学ぶ学問のほとんどは、日常生活には全く関係ないものばかりだ。惑星の周期計算をする天文学だって、微生物の特徴を研究する生物学だって、人間の経済活動の一般法則を導く経済学だって、物体の動きを定式化する物理学だって、すべて「日常生活」とは全く関係ない。

そして、学問というのは「日常生活とは全く関係ないからこそ楽しい」のだ。「日常生活」なる身近なものに近しい分野であれば、何の楽しいことがあろうか。
大学で学ぶ学問分野というのは、いってみれば知的な「旅行」に相当する。日常生活に退屈を感じたときに知らない土地に旅行するのが楽しいように、日常生活にまったく関係ない世界を知る知的興奮こそが、大学で学ぶことの本質なのだ。

「◯◯◯という分野は日常生活の役に立たない」などと嘯く学生に限って、大学の授業に意義を見いだせなくなり、大学に来なくなる。では大学に来ずに何をやっているのかというと、別に何もやっていないのだ。日常に埋没し、生活に退屈を感じるようになり、無気力な毎日を過ごすようになる。
中には「自分の知見を広げるために日本一周の旅に出ます」などという本末転倒の学生もいる。「日常から離れた、自分の知らない世界を見たい」と口で言っておきながら、「日常から離れた、自分の知らない分野について学びたい」とは思わない。

繰り返すが、大学で学ぶ学問分野は、日常とはかけ離れた、毎日の生活には関係ないものばかりなのだ。そういう「未知の世界」を存分に学べる環境に身を置いておきながら、「授業が退屈なので未知の世界に旅に出ます」という、矛盾した行動をとっている。僕は個人的に、そういう学生は、たとえ世界一周の旅をしたとしても、得るものなど何もないと思う。

大学で研究をしている研究者のほとんどは、「日常生活なんて知らねぇよ」と思っている。毎日繰り返される日常生活よりも、自分が夢中になっている分野のほうに心を惹かれる、いわば社会的不適格者の集まりだ。
よくある大学教授のステレオタイプとして、「自分の専門分野については物凄く詳しいが、一般的な常識でも知らないことがある」というのがあるが、さほど間違ってはいない。専門分野の研究者にとっては、「日常」という場でうだうだと管を巻いているよりも、自分が専門としている「非日常」の世界で遊んでいるほうが、楽しいのだ。

大学の学問の意義についての話になると、学生はやたらと「日常生活」「日常生活」と繰り返す。そんなに日常生活が大好きなら、お前ら今後一切旅行に行くなと言いたくなる。


もうひとつの言葉、「役に立つ」にも、学生が暗黙のうちに無視している意味がある。
「役に立つ」というのは、どういう意味なのだろうか?

誰でも家族は大切だろう。親友がいる人もいるだろう。
では、なぜ家族は大切なのか?なぜその人はあなたの親友なのか?


「役に立つ人」だから大切なのか?


「役に立つ」というのは、もともと「道具」に対して使う言葉だ。「本質」に対して使う言葉ではない。
人間が生きていくうえで大切なことは数多あろうが、「なぜ、それが大切なのか?」というのは、言葉では説明できないことばかりなのだ。「役に立つ」から両親が大切なのではない。「役に立つ」から自分の子供を慈しむのではない。「役に立つ」から親友は親友であるわけではない。

つまり、何かに「役に立つのか」という価値基準をあてはめた時点で、それを「道具」として見なしていることになる。
新学期、新しいクラスになって、いままで知らない生徒と一緒になる経験は誰でもあるだろう。この中から誰と誰が自分と友達になってくれるのか、誰を仲良くなれるのか、ドキドキした経験は誰にでもあるだろう。
そのとき、「仲良くなれる友達」の基準として、「誰が自分にとって役に立ちそうな人間なのか」という価値観でクラスメートを値踏みしていただろうか。「役に立ちそうな生徒とは付き合う」「役に立ちそうもない奴は切り捨てる」という態度で、クラスメートに接していただろうか。

かように「役に立つ」「役に立たない」という価値観でなにかに接することは、下品なのだ。ものの本質を見ようとせず、「自分にとって使える道具か否か」という視点しかない。そういう見方で森羅万象、あらゆることを理解しようとする姿勢は、廻り廻って自分の視野を狭め、生きる楽しみを失わせることになる。

僕は長いこと大学にいるが、断言してもいい。大学で「自分の分野は世の中の役に立つ」と思って研究している者など一人もいない
大学の研究者がその分野を研究している理由はただひとつ、「面白そうだったから」なのだ。

誰でも、なにか好きな分野があるだろう。別に学問分野でなくてもいい。漫画でもゲームでもアイドルタレントでも何でもいい。いま自分が夢中になっているものをひとつ挙げてほしい。
その「自分の好きなもの」について、週に1回、90分、一年で30回、50人くらいを前に、その魅力を延々と話し続けることができるだろうか。

大学の講義というのは、つまるところ「日常生活にまったく関係のないひとつの分野に取り憑かれた変態が、1年間で30回、毎回90分、その分野の面白さを好き勝手に喋っている場」なのだ。シェイクスピアについて、ウナギの生態について、国際紛争の解決方法について、目を輝かせながら延々と喋り続ける変態、それが大学教員だ。

ただ「好き」というだけでは、そんなに話のネタは続かない。ものを好きになるにも、その深さを極めるための方法論があるのだ。大学教授と呼ばれる人種は、その深さを延々と掘り続けているような人々だ。決して、高い山に登ろうと決意して着々と努力し続けた人ばかりではない。むしろ「きれいなチョウチョを追いかけて走り回ってたら、いつのまにか山の頂上にまで行き着いてしまった人々」と言った方が実情に近い。

誰でも子供のころに熱中したものがあるだろう。電車が大好きで、路線の駅を全部暗記した子供もいるだろう。ポケモンが大好きで登場キャラと出現分布をすべて覚えてしまった子供もいるだろう。毎日ゲームばかりやり続け、ネット対戦で軒並みハイスコアを更新し続けた子供もいるかもしれない。
では、はたしてそういう経験は、その後の人生において、いったい何の役に立っただろうか

人が何かに熱中するとき、その根本原理は「楽しいから」だけだ。役に立つかどうかなんて知ったこっちゃない。知ることが好きで、覚えることが好きで、新しい技術を身につけることが好き。それが役に立とうが立つまいが関係ない。人生において、心から楽しめることのほとんどは、役に立たないもののほうが多い
大学での学問も、基本的にはそれと同じことなのだ。役に立つかどうかなんて知ったこっちゃない。自分の日常とは関係ない所に、こんなに広く深い世界がある。その未知の世界に足を踏み入れる知的興奮が全てと言ってよい。

世間一般にあまりこういうことが話されないのは、大学で教えている立場であれば、そういう事は口に出して言うべきことではない、と誰もが知っているからだ。本音としては自分の専門分野を「楽しいから」という理由で研究している研究者も、大学や国から研究費をもらっている。税金をいただいて研究をさせていただいている身としては、ありのままに「役になんて立たないっす。面白いからやってるだけっす」と放言するのは、モラルとして許されない。だから誰もが方便として「こんなに人間の集合知に対して貢献しているんですよ」というおためごかしを用意している。大学人であれば最初に身につけるべき「社会的常識」だ。


そういう変態が集まって好き勝手なことを喋りまくっている大学という魔窟で、学生としてはいったい何を学ぶべきか。
卒業するときに、「教養」が身に付いていれば、ある程度大学でちゃんと勉強をしたのではないかと思う。

「教養」という言葉は、一般的に「いろんな知識が頭に入っている」というイメージで捉えられていると思う。しかし、僕は逆だと思う。「教養」というのは「頭の中に詰め込まれた知識」に関する概念ではなく、「まだ頭の中に入っていない知識に対する敬意」のことだ。

「教養のある人」というのは、日常生活に例えれば、「旅行が好きな人」に相当すると思う。決まった場所、決まったお店、決まった行動範囲だけを惰性で繰り返すのではなく、新しい所に行きたがる。知らない世界に興味をもつ。それと同じことで、「教養ある人」というのは、自分の知っている分野、すでに知っている知識だけに捉われず、常に新しい知的体験を求める。

つまり「教養」というのは、端的に「知的好奇心」と言い換えてもよい。「この分野、よく知らないからパス」ではなく、逆に「よく知らないから、もっとたくさん知りたい」という姿勢のことだ。だから教養のある人というのは、人の話をよく聞く。自分のまだ知らないことを、貪欲に吸収しようとする。

先ほども言ったように、大学で教えている先生というのは、根本的には「あるひとつの分野の研究に、一生を捧げようと覚悟した人たち」なのだ。つまり大学で学ぶどの分野も、ひとりの人間を一生虜にするだけの魅力がある。その魅力を感じ取り、その分野がなぜそんなに面白いのか、それを知ろうとする大学生活を送れば、一生退屈しないだけの「教養」が身に付くと思う。

日本は平均年齢が伸びすぎ、定年退職後の生き方について、道を見失う人が多い。何を生き甲斐にして生きればいいのか、毎日何のために生きればいいのか、燃え尽き症候群のようになる人が多いそうだ。
体力とお金があれば、旅行をするのも良かろう。いままで行きたかったけど行けなかった場所に、のんびりと旅をするのはよい老後のすごし方だと思う。しかし、そこまで体力とお金に余力のある人というのは、それほど多くあるまい。

しかし、大学教育で身につけた「教養」を下敷きとした「知的な旅」ができれば、お金も体力もいらない。いままで知らなかった分野を勉強し、いままで知らなかった世界の広がりを感じて、知的興奮を楽しむ能力があれば、毎日家にいながらにして新しい世界への旅が経験できる。大学教授の変態っぷりでも分かる通り、学問というのは、分野の数だけそれぞれの興奮がある。それを体感できれば、生きることも楽しくなる。

文部科学省はそういう知的生活のことを「生きる力」という言葉で表現している。曖昧すぎて一般には理解されていないだろう。しかし、「知ること」「学ぶこと」が自力でできることは、子供がわくわくしながら電車の駅名を覚えるのと、根本的には同じことなのだ。毎日の生活で確かな成長を感じることができ、自分の世界がどんどん広がっていく実感がある。
つまり、大学で学ぶべきことをしっかりと学び取った人というのは、「一生、退屈しないで暮らしていける人」と言える。

もちろん、すべての人がこのような恩恵にあずかれるわけではない。大学教育というのは、基本的には「経済力と能力のある人だけが許される『贅沢』」なのだ。そこのところを誤解している人が多いと思う。
大学の勉強というのは、基本的には日常的に何の役にも立たない。そのような「役に立たない勉強」に熱中する人だけが、大学に入ればいい。だから、「この分野は何の役にも立たないから勉強する意味がない」と嘯く人は、そもそも大学という場に用がない人達なのだ。役に立つ勉強がしたければ、さっさと大学なんて役に立たないところは退学して、専門学校に行けばいい。「役に立つこと」を、たくさん教えてくれる。教育を受けるということがどれほど贅沢なことなのかを分かっていない人が、大学で学んでも意味がない。

このような、大学で身につけるべき「知」のあり方は、小学校、中学校、高校までに求められる「知」と、根本的に違う。だから高校までの勉強のしかたと、大学から先の「知」が目指すものとのギャップに戸惑い、「勉強とはどういう営みなのか」が分からなくなる学生が多い。
学生が不満に思うのは、興味がある・無いに関わらず、勉強しなければならない科目を一方的に押し付けられることだろう。自分の興味のある分野を選んで学べばいい大学とは異なり、高校までの科目というのは基本的に自分では選べない。

高校までで習う科目というのは、端的に言うと「いままで人類が有史以来築き上げてきた『知の集積』の、ほんの上澄みの部分だけを、味見させてくれるもの」なのだ。「日常生活で使わないのに、漢文なんて習わなければならない」のではなく、「漢文を学べば、3000年以上前の時代に何が起こっていたのかを知ることができる」のだ。そういうことに全く興味を示さない人は、文字通り、学ぶ必要はない。前述の通り、「勉強とは贅沢なもの」だからだ。

ただし、そうやって興味のない科目をどんどん切り捨てていく人は、あとになって「自分には学ぶチャンスがなかった」などという泣き言を一切言う資格はなかろう。世界には、学びたくても学ぶ環境になり不幸な人達がたくさんいるのだ。自ら望んでそういう境遇に身を墜としたければ、構うことはない、学ぶことを止めてどんどん墜ちればいい。

高校までの授業でやっていることは、実は「勉強」とはとても呼べない程度の内容なのだ。あれは単なる「知識のサンプル」であって、本来の分野から言えばほんの小さな箱庭を覗かせてもらっている程度に過ぎない。大学に入ってから、本格的に知的好奇心を存分に発揮して「知の冒険」をするための、基本装備を身につけさせてもらっていると思えばいい。どんな教科も、大学に入ってから己の中に大きな建造物をつくるための「知識のレンガ」を、ひとつひとつ身につけている段階なのだ。例えば、大学に入ってから昆虫に興味をもって本格的に勉強しよう、とする可能性のために「そもそも世の中には昆虫というのがいる」ということを教えてもらっているに過ぎない。

ただし、ひとつだけ例外の科目がある。数学だ。
数学という科目だけは「箱庭程度の知識のレンガ」ではない。「そのレンガをどのように組み合わせればいいのか」という、知の体系を作るための方法論を学ぶ科目だ。数学という科目は、個々の具体的事象をどのように繋ぎ合わせ、どのように体系化すればいいのかを学ぶ科目だ。この方法論を身につけていないと、大学でどんなに勉強をしても、単発知識を数多く知っているだけの「雑学王」で終わってしまう。知識の網を張り巡らし、自分の中で体系化する能力が身に付かない。数学という科目だけは、初学者にわかりやすく事実をデフォルメする「理想化」が無いので、中学校でも、高校でも、大学でも、同じ原理・原則が通用する。数学だけは最初から「箱庭」ではなく「本物の世界」を相手にする科目なのだ。

マンガ『東京大学物語』の中に、矢野先生という怖い数学の先生が登場する。高校三年生の数学の授業で、矢野先生は卒業していく生徒を前に、最後の授業で「本当に人生に役立つ学問は、数学だけである」と言い放つ。

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矢野先生の言う通り、学校で習う学問分野の中で、数学だけが唯一、役に立つ。正確には、数学という学問だけが、「役に立つ」「役に立たない」という尺度で計ることができる。つまり、数学だけが「道具」として使える学問なのだ。その道具の汎用性は、ほぼ世の中の学問分野全てを網羅する。数学的な思考法と発想法がない人間が、大学に入ってから「知の冒険」を行おうとしても、剣をもたずにフィールドに踏み込むロールプレイングゲームの主人公の如し、ろくに戦えないだろう。理系分野に限らず、文学だろうと歴史学だろうと法学だろうと社会学だろうと経済学だろうと、数学を学んでいない生徒が丸腰で挑んでも、新しい「知の創出」はできない。数学を学んでいない人は、知識を体系化する方法論を持たない

ところが学生の多くは「学校の科目に数学はいらない。なぜなら日常生活で役に立たないから」と平気で口走る。大学というところはどういう所なのか、役に立たないとはどういう意味なのか、一切考えようとしない。そういう学生は、どんなに本人が真面目に勉強しているつもりであっても、大学で得られる一番大きなものを得ることなく、無為に4年間を送ることになるだろう。


学生に話を訊いてみると、彼らが言う「役に立つ勉強」というのは、つまるところ「就職活動に有利になる勉強」のことを指していることが多い。彼らは目先の就職活動に恐怖を感じるあまり、「就職の役に立たない勉強」をいっさい切り捨てにかかっているのだ。だから「授業に出ないで就活セミナーに参加する」という学費の無駄遣いをしても平気だ。学生の多くは「生涯にわたって知的興奮をもたらしてくれる知のあり方」などに興味はない。「内定を取れるために必要な知識」だけが欲しいのだ。彼らにとって、大学など「就職予備校」でしかない。

だから、一旦就職してしまえば、大学教育で得たものがすべて不要になってしまう。いい会社に就職できることが、大学受験の勉強を頑張ったご褒美だと思っている学生も多い。そんな人が就職したところで、会社と家を往復するばかりの毎日で、たまの週末には家でごろ寝するだけの退屈な生活を送るようになるのが落ちだろう。知的好奇心など皆無。知らない分野を新たに知ることなど、面倒なことこの上ない。
たまに旅行に出かけたとしても、未知の世界に踏み込む知的冒険を「無駄な勉強」と切って捨てる程度の人間が旅行で味わえるものなど、たかが知れている。ガイドブックに載っている場所を廻り、インターネットで評判の高いお店で食べ、みんなに好評を得られる景色を写真に撮りSNSにアップロードして「いいね!」を押してもらう。つまり、すべてが「他人によって決まる旅」でしか無いのだ。自分で「これが知りたい」「ここに足を踏み入れたい」という姿勢を常日頃からつくりあげていないと、その程度の体験しかできない。

僕は、普段の大学の授業では、学生に対してこういう話はしない。これは単に僕が考えている、僕の意見に過ぎないからだ。学生に押し付けるつもりは毛頭ない。役に立たない学問だと思うなら遠慮なく切り捨てればいい。大学教育が役に立たないと思うなら遠慮なく退学すればいい。就活に血道をあげる4年間がお好みならそれも良かろう。こちらとして出来ることは、学ぶ意欲がある学生に、自分が持っている興味関心の話をするだけなのだ。それを得るか捨てるかは、学生が各自で勝手に判断すればいい。



他の項目についても気が向いたら書きますかね。

底から見上げる景色

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(『弱虫ペダル』54巻)


インターハイ前年度総合優勝の総北高校が、新年度キャプテンとして、実力も実績もない手嶋純太をなぜ選んだのか問われた時の、前年度キャプテン金城真護の言葉。



今年の箱根駅伝でも「進化を続けなければそれは退化」と言ってましたね。

長続きする結婚

結婚は、何のために存在するのか

どうやら、人間の愛情というのは、結婚してから「3年」でなくなるらしい。

結婚して20年、30年続いている夫婦がいますが、この人たちがどうして長く続いているのかというと、結婚してから3年の間に、「愛情以外の別の概念」をつくり上げることができたからです。

愛情を永遠のものだと勘違いして、その愛情だけに寄りかかっていると、結婚生活は破綻をきたすらしい。

「いつまでもこの人を愛し続けよう」と思っても、「いつまでもこの人から愛され続けるだろう」と信じていても、生物学的に見ると、愛情は、「結婚後、3年で終わってしまう」ようです。

結婚すると、普通は「ゴールイン」といわれますが、じつは結婚した瞬間から、「3年間の執行猶予」がはじまります。

この執行猶予中に、「愛情以上の価値観=尊敬」をつくり上げることが「結婚生活」のようです。

では、どうすれば相手を尊敬できるようになるのでしょうか。

それは「常に相手のよい面を見つけること」です。

目の前の夫、目の前の妻を、自分の思い通りにつくり変えようとするのではなくて、「相手はこういう個性があって、自分とは違うものを持っているんだ」と、丸ごと全部受け入れる(感謝する)。

そして、相手のすばらしいところ、社会のよいところ、宇宙の楽しさを、自分の中で見出す訓練ができるようになると、あれこれと批判、論評をしなくなり、お互いを認め合うことができるようになります。




お互いに成長を止めた時が、関係の終わりの始まり。

単語の文字列

Aoccdrnig to a rscheearch at Cmabrigde Uinervtisy, it deosn't mttaer in waht oredr the ltteers in a wrod are, the olny iprmoetnt tihng is taht the frist and lsat ltteer be at the rghit pclae. The rset can be a toatl mses and you can sitll raed it wouthit porbelm. Tihs is bcuseae the huamn mnid deos not raed ervey lteter by istlef, but the wrod as a wlohe.


「ケンブリッジ大学の研究によると、ひとつの単語における文字の順序は問題ではなく、唯一重要なのは最初と最後の文字が正しく書いてあることである。残りの部分の文字の順番はどうでもよく、何の問題もなく読める。その理由は、人間は一字一字を読んでいるのではなく、単語全体を認識しているからだ。」



(参考)
入れ替えても気づかれにくい単語

拶挨、螂蟷、蝣蜉、蛛蜘、蝠蝙、魎魍魅魑、躇躊、躅躑、蜴蜥、髏髑、萄葡、凰鳳、匐匍、蚓蚯、賂賄。




「ケンブリッジの研究」ってのはフェイクだけどね。

高等学校卒業程度認定試験(数学)

 
kousotsunintei




解けない奴は高校卒業を名乗っちゃダメだろ。
ペンギン命

takutsubu

ここでもつぶやき
バックナンバー長いよ。
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